2014年8月21日木曜日

リーマンショックの時にaegifに起きたこと(後編)

前回フジイメセン「リーマンショックの時にaegifに起きたこと(中編)」に引き続き、2008年のリーマンショック前後にaegifで起こったことと少しだけ私の事を書いてみたいと思います。

リーマン・ショックの時にaegifに起きたこと(前編)」はこちら。 

たとえ潰れるとしてもやるべき事を全てやってから

そういう精神状況の中で日々過ごしてはいましたが、一方で絶対に最後まで諦めたくないという気持ちは強く持っていました。もし最終的にaegifが倒産してしまったとしても今出来る事をしないで終わることは恥ずかしいことだと思ったからです。

過去の意思決定は変えられませんが、今からやることは変えられます。 変えられる事を変えずに後で後悔するのは絶対にイヤでした。それに、aegifに来てくれたメンバのキャリアに傷をつけてしまうとしても、自分が出来ることを全てやった上でなければ人として説明がつきません。

7ヶ月間、他の取締役にはいつも泣き言ばかり言っていましたが取締役以外のメンバには余裕を持って振舞っていました。どんなに失注を繰り返しても、その時私達に出来ることは新たに提案し続ける事だけです。半年後、一年後に受注するために今は種まきの時期だと自分を言い聞かせてコツコツ提案を続けていました。不安がる他のメンバにもそう伝え続けました。 

父の教え

それから今にも心が折れそうな私を支えていてくれたことがあります。それは父の教えです。私の父は年商300億円前後の中小企業のサラリーマンでしたが、最終的にはその会社の社長を数年間していました。雇われとは言え経営者ですから経営者の考えの様なものをよく私に話してくれていました。とは言え、私はその時学生でしたのでいつも同じ話しばかりで退屈だななんて思いながら聞いていました。
"人生はロープを登っている様なものだから、嵐の時でも決して手を離してはいけない。そういう時は登らなくてもいいからとにかくその場に留まって嵐が通りすぎていくの待ちなさい。そして嵐が過ぎたらまた登り始めれば良い。"
 一回手を離してしまうと落ちてしまいますからまた登り始めた場所に戻るのは大変です。それどころか一回落ちてしまえば落下する速度はドンドン加速していきますので落ちるのを止めるだけでも一苦労です。であれば、その場で何もできなくてもいいからとにかく維持するだけでも意味があるということです。

私は2008年の間ずっと、今がその嵐の時でとても苦しくて手を離してしまいたいのだけれどもここで何とか耐えて維持するだけでも意味があるんだと思っていました。普段は父の教えや父の言ったことなどを意識することなどありませんし、むしろ前時代の話だから今は違うんだと思っていましたが、この父の教えのお陰でリーマンショック前後の7ヶ月に心を折らずに耐えられたのだと思い感謝をしています。 

資金不足にどう対応するのか

お金が本当に無くなった時にどうするか。
入ってくる金額は簡単に増やすことはできませんから、どこから支払を止めるかというシミュレーションを繰り返していました。一番最初に支払を止めたのは役員報酬です。当然私はゼロにして最終的には実家に居候すればいいやと思っていましたが、妻子がいる取締役もいますし生きていくために役員報酬ゼロというわけにはいきません。私はみんなにどれぐらいまでだったら耐えられるか確認してもらいました。

ある取締役は専業主婦の奥さんと子どもがいるにも関わらず役員報酬半分であれば切り詰めれば生活できるし半年間はゼロでも大丈夫という話をしてくれました。他の取締役は妻子がいる取締役の方が生活が大変だろうから独身の自分の分を削ってでもそちらに回してくれという話をしてくれました。

結果的にまずは7月から全員の役員報酬を半額にして、その後の状況次第で更にカットするという判断に落ち着きました。役員報酬をカットできるうちはまずは役員報酬をカットし切って、それでもどうしようもなければ次のステップに進もうと。結果的にはこれ以上役員報酬をカットをすることはありませんでしたが、その時は先のことも分かりませんし今後の更なる役員報酬カットは避けられないと考えていました。この時の事は今でもはっきり覚えており、一言も文句も言わず当然のこととして対応してくれた取締役には本当に感謝をしています。 

これで生き延びられる

提案して失注して、また提案してまた失注してを7ヶ月間ずっと繰り返していました。とにかく出来ることは提案をすることだけですから失注してもめげずに提案を繰り返しました。そしてついに待ちに待ったその日が来ました。そう、7ヶ月ぶりの新規案件の受注です。

この時は受注の嬉しさよりも、これで暫く生き延びれるという安堵感の方が大きかったです。10月も赤字だったら通期で赤字に突入、すなわち余力はもうほとんどないという状況に追い詰められていたからです。この案件のお陰で10月は単月で赤字ではあるけれどもほぼトントンという所まで持って行けました。

不思議なもので一件決まりだすと、堰を切ったように受注が続きます。あれよあれよとどんどん受注して、気がついたら第4四半期は第3四半期の1.5倍の業績になっていました。当然11月以降は単月黒字転換をして2008年も無事通期黒字で終えることができました

aegif創業以来最も倒産に近づいた危機を事業の縮小も従業員のリストラも給与カットも遅配もオフィス移転も外部への支払滞留も危ないお金を借りることも一切なく無事乗り越えることができた瞬間でした。

・・・

これでリーマンショックの時にaegifに起きたことは全てです。当初の想定とは異なり三回にもわたる長文になってしまいました。最後まで読んでいただいてありがとうございます。起きたことは以上ですが、次回はリーマンショックの時にaegifに起きたことから学んだことを書いてみたいと思います。

2014年8月14日木曜日

リーマンショックの時にaegifに起きたこと(中編)

前回のフジイメセン「リーマンショックの時にaegifに起きたこと(前編)」に引き続き、2008年のリーマンショック前後にaegifで起こったことと少しだけ私の事を書いてみたいと思います。 

最後の上り坂

2008年になっても絶好調は続きました。好調すぎて人員が足りずにみんなパンパンでPJTを行っています。4月以降順次新メンバが入ってくることは決まっていたので3ヶ月後のメンバ不足は緩和されるはずなのですが、とにかく目先の3ヶ月を乗り越えられるかが心配でした。

業績もうなぎのぼりでしたので、このまま1年たったら一体どれだけ儲かるんだろうとほくそ笑んでいました。来年の税金をきちんと支払えるのかなとか、各メンバにインセンティブをどれだけ出せるかなとか、年末の賞与(aegifの役員賞与は業績次第で年1回です)で何買おうかなとか、調子乗って六本木ヒルズレジデンスに引っ越しちゃったりしてなどなど、とにかくとらぬ狸の皮算用で完全に浮かれきっていました。

一方で4月1日から数名の新しいメンバが入ってくることが分かっていたため2月ぐらいから新規案件の提案やリソースリクエストへの応募をしていたのですがうまく決まりません。この頃から何となく世の中の潮目が変わってまずい事になりつつあるのではないかという雰囲気は感じていましたが、とにかく目先のPJTを何とかする事が第一優先でしたので気にする余裕はありませんでした。

そして、なんとか第1四半期(aegifは12月決算ですので第1四半期は1月〜3月になります)を乗り越えて無事4月を迎え、新メンバが数名入社しました。引き合いが減っていたり第1四半期に上手く案件が決まらなかった事による一抹の不安は覚えつつ、よーしこれでまたたくさん提案できるぞと張り切っていました。きっと、みんな第1四半期が忙しすぎて先の事が考えられないに違いないと無邪気に思っていました。

今から思えば当たり前の事なのですが大企業(aegifは大企業向けのITや経営のコンサルティングサービスがメインです)は3月決算の会社が多いので、予算の関係上、状況が変わるのは新年度に入った4月以降になります。そのため4月以降の案件が決まらないのは大企業が世の中の景況感を見て慎重になっている事が原因なのです。決して忙しすぎて先のことを考えられないからではありません。 

崖から転落

4月になっても新規の仕事が全く受注できません。少し減ったというレベルではなく、それこそ文字通り1つも新規の案件が受注できなくなってしまったのです。もちろん、前期から続いている仕事は引き続きやっていたので売上がゼロという事ではありませんが、継続していた仕事も順次ドンドン終わっていきます。正直あれ?あれれ?という感じで新規案件の失注や継続案件の終了の報告を日々受けていました。

一方で、人件費やオフィス家賃などの固定費は以前と比べて1.5倍になっておりこれから売上を上げないといけない時期です。これからという時なのに売上は上がるどころか崖から転げ落ちるように下がっていきました。実際に数字にはっきりと当時の状況が顕れています。2008年第1四半期は前年同期と比べて売上が3倍以上になっていたにも関わらず、第2四半期は第1四半期と比べて約半分です。

たった3ヶ月の間に売上が半分というのは普通に考えたら一発で死ねるレベルです。aegifはその時まだ3期目で蓄えなどはほとんどありません。むしろ、オフィス移転の敷金等で全部吐き出したあと固定費は1.5倍になっており資金調達しようにも時期が時期なだけに銀行や投資家などが資金を出せる状況ではないというわけです。しかも7月1日になればまた新メンバが何人か入社して固定費が増えます。

その後第3四半期に入っても状況は悪化する一方でした。売上は下がる一方、単月赤字の金額も毎月増えていきます。何ら回復の兆しなどなく、とにかく崖から転げ落ちるのをじっと見ていなければならない毎日でした。そしてついにその日が来ました。 

リーマン・ブラザーズ倒産

2008年9月15日。
リーマン・ブラザーズ倒産のニュースが世界を駆け巡りました。aegifはリーマン・ブラザーズの一つ下のフロアにオフィスを構えていましたので会社のメンバが報道関係者にリーマン関係者と間違えられてインタビューされそうになるという事もありました。aegifのメンバはラフな格好をしている事が多いので、リーマン関係者ではないというのもわかりそうなもんですが。とにかく、こんな近い場所でこんな事が起きるなんてaegifの未来を占っているようだなと思いました。

その後もaegifは順調に単月赤字を続けた結果、第3四半期終了時点で第1四半期で稼いだ利益を全て吐き出し、いよいよ10月も赤字であれば通期で赤字という状況まで追い込まれました。設立して間もないaegifには余力なんてのは全くありませんので通期で赤字=お金がない=倒産なわけです。

私も毎日朝起きるのもつらい、会社に行くのもつらい、生きているのもつらい、どこかに逃げてしまいたいという日々でした。毎日案件の失注と終了の事や会社の売上と赤字の事を考えると夜寝られません。やっと寝付けたとしても胃が痛くなって朝4時ぐらいに目が覚めてしまいます。さらに、布団から出るとつらい現実が待っているため布団からも中々出られませんでした。こういう状況が7ヶ月も続いて私自身精神的にかなり参っていました。

このままいったら会社は近いうちに潰れて、せっかくaegifに来てくれたメンバのキャリアに傷をつけてしまうと思うと本当に申し訳ない気持ちでした。メンバのほとんどは日本を代表するような大企業でのキャリアをなげうってaegifに参加してくれていたからです。

また、なんでこんなタイミングでリーマンショックが来るのか、なんで去年オフィス移転を決めてしまったのか、どこで間違えてしまったのかということを堂々巡りの様に毎日毎日考えていました。

リーマンショックの時にaegifに起きたこと(後編)」に続く...

2014年8月7日木曜日

リーマンショックの時にaegifに起きたこと(前編)

先日レーシックの検査に行ったところ、先生から老眼の話をされました。「え!?、もう老眼なんですか?」と聞いたところ、笑いながら「その年で老眼の人はいませんよ。早くても40歳、遅ければ45歳ぐらいだから安心して下さい!」と言われ、オイオイあと5年ぐらいしかねーじゃねーか・・・と思い、ちょっとブルーになったイージフのフジイです。年取ると段々昔話が増えるとかいうし、いやですね、ほんと。

さて、先日「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」(杉本 宏之著)を読んで、ふと自分とaegifのリーマンショックの時の事を思い出しました。当時のaegifのオフィスはリーマンブラザース日本法人の1F下のフロアでしたし(笑)。

あの時は本当にやばかった。
とにかく本当に運が良かったとしか思えない。せっかくなのでリーマンショック前後にaegifで起こったことと私の事を少しだけ書いてみたいと思います。

今思い返しても、なぜリーマンショックの間に事業を縮小せず、リストラも一切せず、オフィスの移転もせずに普通に生き残ることができたのか分かりません。私の精神状況も追い詰められていましたし、会社の業績も悪化の一途でした。

杉本さんの本を読んで、規模は違いますので精神的なプレッシャも違うとは思いますが、経営者として当時の精神的にキツイ状況は心から分かります。今は再度起業して復活されたという事のようですので、お話をしたことはありませんが心から良かったなと思います。 

順風満帆

2007年秋。
2006年にaegifの会社を設立して1年半。事業は絶好調に伸びていました。何も営業をしなくてもお客さんから引き合いがドンドン来て、ほとんどをお断りするという状況です。営業などは一切しないで大手のコンサルティング会社のパートナ企業としてその企業から割の良く面白そうな仕事をドンドン受注していました。

メンバーが足りない。
その時点で社員の数は10人にも満たない小さな会社ですが、物凄い勢いで仕事の依頼だけは来ており、その時の10倍や20倍のメンバーがいても回せるぐらいの状況でした。私自身もせっかく頂ける依頼は少しでもお役にたちたいという気持ちが強く、クライアントワークを100%の稼働率でこなしながら、aegifの仕事もしていました。実際、起業してから3年ぐらいは平日も土日も夜までほとんど休みなく働いていました。

とにかく拡大したい。
そのためには採用をドンドンしないといけません。とは言え、誰でも良いというわけではなく良い人を採用しなければならない。日々どうやったら良い人を採用できるのか、そんなことばかり考えていました。 

六本木ヒルズにオフィスを構える

そんな時、オフィス更新の話が来ました。その時のオフィスには何の不満もなかったので基本的に移転するつもりはなかったのですが、せっかくの機会なので色々見てみようかという気持ちになり、お世話になっている仲介業者さんに物件のリストアップをお願いしました。

その物件リストの中に六本木ヒルズが。

最初は「え?まさか?!」という気持ちだったのですが、色々その時の状況でシミュレーションをすると財務的には厳しさはあるもののその時の業績を考えると不可能ではありませんでした。むしろ、オフィス移転によって応募者やクライアントに向けても良い効果がでれば一層成長を加速できるかもしれません。

しかも何より他の同レベルのオフィスに比べて条件がとても良かったのです。とにかくどうやったら良い人を採用できるのかを日々考えていた我々にはとても魅力的な話だと思えました。

少し話がそれますが「なんでヒルズなんですか?」とヒルズ族的な視点で聞かれることがあるのですが、大規模で有名なオフィスで一番条件が良かったのが六本木ヒルズだったのです。もし丸ビルやミッドタウンが同様の条件であればそちらに入ったはずです。

会社にとって重要な決断をするときはいつも取締役の3人で相談をします。大体こういう時は副社長の石井が止める役割をするのですが、この時ばかりは彼も止めませんでした。むしろ会社を作って2年も経たないうちにレンタルオフィス等ではなく正式に六本木ヒルズにオフィスを借りられるかもしれないという可能性に3人でワクワクしていました。そして、正式に申込をして、審査が行われ、無事審査を通りました。その瞬間は本当に嬉しかった。これでaegifもちょっとは世の中に認められた存在になった気がしたからです。 

順調な採用

同時期、積極的に採用活動も行っていた効果が出ており、順調に内定を重ねていました。主にメンバの友人や後輩中心だったのですぐの入社とは行かず、大体3か月〜半年後に入社してくれるメンバがどんどん増えていました。結果その時在籍していたメンバと同じ人数のメンバが2008年7月1日までに入社してくれる事になりました。

オフィスをヒルズに移転する事がきまり、メンバも採用も順調で、更に業績も相変わらず絶好調でした。その時自分は事業なんて簡単だな、もしかして自分は経営の才能があるのかもと、バカみたいに勘違いしていました。

そして2008年1月7日のaegif新年会にて、意気揚々で会社のメンバに六本木ヒルズにオフィスを移転する事を伝えました。みんなでやってきたaegifという会社が順調に成長しているんだという気持ちを伝えました。その時に、あるメンバから言われた一言を今でも覚えています。

「六本木ヒルズへのオフィス移転は確かに凄いことだと思いますが、大丈夫ですか?」

私はメンバー達に財務的に業績的にも大丈夫という説明をしました。この言葉がまさかその先の事を占う一言だったとは。実際にその頃、世界のニュースでサブプライムローンが危ないかもしれないという話があって、実際にBNPパリバ傘下のファンドが資産凍結したなどのニュースを聞いて注意をしていましたが、自分たちにはそんなに大きな影響はなさそうだとタカをくくっていました。何せ目の前の業績が絶好調だったわけですから。

この言葉をこの時もっときちんと聞いていれば、その後の1年間で起こることをもっと上手に乗り切れたのではないかと今でも思います。

リーマンショックの時にaegifに起きたこと(中編)」に続く...

2014年7月31日木曜日

流動性の高さが人材価値を上げる?

世の中は夏休みに突入したらしく、六本木ヒルズも物凄い人ごみです。ヒルズの集客的には成功してるんだと思うのですが、ヒルズで働く立場としては、お店や電車やエレベーターやありとあらゆるものが混んでいて大変です。今日もABMの場所を探すのに大変でした。毛利サルバトーレ クオモもいつもは13時には大体空いてるのに、今日は長蛇の列・・・。虎ノ門ヒルズだったら場所的に寂れてそう子ども連れが来なそうだからオフィス移転もありなのかという考えが一瞬頭をよぎっているイージフのフジイです。暑さで思わず不謹慎な発言をしてしまいました。悪いのは全部この気候のせいなので皆さんスルーして下さい。


さて、今週もネットで気になった記事がありました。
今日のテーマはこちらを読んで自分が思ったことを書いてみたいと思います。


流動性の高さが人材価値を上げる


ちなみに私は新卒最初の会社を入社10か月で辞めたのを皮切りに4年間の間に3社も転職をして、最終的には自分の納得の行く職場は自分で創るしかないなと思い起業して今に至ります。逆に起業して9年間は辞めようと思ったことは1度もありません。「あ、これは潰れるかも?!」と思ったことは何回かありますが(笑)


要は私は流動性が高い時も経験してるし、流動性が低い時も経験している人材なのではないかと思います。


流動性を高めても人材価値は高まらない


どんどん流動性を高めて転職をしていく事で人材価値が高まるという考え方は自分の感覚とは違います。人材価値を高めるためには人材価値を高める努力をする必要があるだけで、流動性を高める努力をする必要はありません。


私の例で言えば、以前「転職先は給料だけで決めていい」で書きましたが転職する際には給料だけを基準に転職先を選んでいましたから当然年収は上がりました。ただそれは単に労働市場の需給の中で自分がたまたま年収が高くなる所を探したというだけで、自分の人材価値は全く関係なかったと思います。その4年間で私の人材価値は確実に高まっていたと思いますが、転職することが自分の人材価値を高めたという実感は全くありません。転職は単に同じものをより高く買ってくれる所に売ったというだけです。


皆さんが自分の人材価値を高めたいのであれば、流動性を高める努力をするのは間違っています。人材価値を高めるためには流動性を高める以外の事を考えなければいけません。もちろん、人材価値が高まった結果、流動性が高まって転職したという事はありますが、この関係を間違えて転職を繰り返した後で後悔しても遅いので注意が必要です。


会社の枠に囚われない、自分だけのキャリアを築きあげる


では、人材価値を高めるためにはどうすればいいのか?
私は会社の枠に囚われず、自分の考えたキャリアを築く事ができる仕事を主体的に選択していければ、自然と人材価値は高まっていくのではないかと考えています。


自分の仕事を選択できるのであれば、別に同じ会社にずーっといようが、途中で何回転職をしようが関係ありません。例えば、世界的に有名な経営者であったGEの元CEOのジェック・ウェルチさんは新卒から最後までGEに勤め続けました。もちろん他にも同じように一生一社で働いていても人材価値の高い人はいくらでもいます。私も自分の性格やライフスタイル合わなかったから転職しましたが、4年間ずっと同じ会社で働いていても多分結果は同じだったと思います。


当時の私の人材価値が上がっていったのは若かったからというのが一番大きな理由だとは思いますが、それだけではなく何をやるべきか、なぜやるべきか、どこでやるべきか、どうやるべきかと言ったことを毎日考え悩みながら仕事をし、生きていたからです。自分の仕事を選択できないのであればいつでも会社を辞めて自分の仕事を選択できる場所に行く覚悟を持ちつつ、自分の仕事を選択できるのであれば同じ会社にずっと勤める、そういう姿勢が自分の人材価値を高める最良の方法だと思います。


もちろん、いつでも自分で仕事を選択できるというわけではないでしょうから、そういう意識を持ち、場合によっては会社以外の仕事を持って自分だけのキャリアを築きあげていくことが大切です。


福利厚生、会社の安定「感」などに惑わされてはいけません。福利厚生だっていつどうなるか分かりませんし、会社の安定感も幻想です。どんな大企業だっていつまで会社があるか分かりませんし、会社があったとしても自分がいつかリストラにあわないとも限りません。例えばちょっと頭に思い浮かぶ企業を挙げるだけでJAL、リーマンブラザーズ、山一證券、日本長期信用銀行、日債銀、拓銀、シティーグループ、エンロン、GMなどなどいくらでも出てきます。これらの会社が倒産するなんていうことはその会社が倒産するまでは誰も想像できなかったことだと思います。


こうやって考えてみると自分で考えて、自分で選択するということが今まで以上に必要となっている事が分かります。よく言われることではありますが、良い(と世間的には言われている)大学に入って良い(と世間的には言われている)会社に入っていれば自然と人材価値も上がって幸せな人生を送れるということはなさそうです。


aegifでは、自分で自分の生き方、働き方を選択するという事を重視しています。
みなさんも自分の人材価値をどうあげていくか考えてみてください。



2014年7月24日木曜日

バックオフィスを侮ってはいけない

前回の「個人的全日本うどんランキングベスト5」が好評で気分がいいです。以前書いた「六本木おすすめランチ ベスト5」もそうですが、やっぱり食べ物系の記事は反応が良くて、私に求められてるのはシャチョウとしての小難しい話じゃなくて単にグルメなんだなという気持ちを新たにしたイージフのフジイです。シャチョウ辞めたらグルメブログのライターでも目指そうかな。とは言え、今週もグルメネタだとブログ責任者の杉本さんに怒られそうなので、おとなしく真面目なネタにしておいてやりましょう(ドヤッ


さて、先日飲み会の席で管理業務が疎かになっていて会社の数字が全然分からないみたいな話をしていました。普段あまり意識することはないのですが、確かに社長の私が公認会計士だということもありaegifは内部統制、業務の効率性、スピード共にかなりレベルが高いです。


勘違いして欲しくないのは、会社にとって最も重要な事はバックオフィスではありません。営業部隊やコンサルティング部隊あっての会社でありaegifです。私の体感で言うと7割くらいはフロントが重要だと思っています。とは言え、裏を返せばバックオフィスも3割ぐらいの割合で重要なのです。


バックオフィスが駄目だったときの事を考えてみてください。
・数字が出てくるのが遅すぎて毎月の数字が把握できない
・そもそも管理会計の様なものは一切ない
・クライアント先への請求漏れが多くてせっかく売りあげても回収出来ていない
・入金額の相違を後から気がつく
・社会保険料が合わない
・バックオフィスに業務をお願いしても時間がかかりすぎる
などなど


こんな状況では良い会社経営なんてできるわけありませんし、フロントのメンバが売ってきた売上げも回収できません。売上げは代金を全額回収してはじめて意味があります。大きな会社でもこう言うことがしっかりと出来ていない会社というのは結構多いものですが、aegifではこう言った事はありません。例えば売掛金の例では過去9年間に1回たりとも1円たりとも回収できなかったことはありません。


日々、大きな問題になる前に何か気がついたらすぐに改善して対応しています。もちろん、Ctrl+A でおなじみのマカロンとドロップの協力のお陰であるのは間違いないですね。


バックオフィスを侮っている経営者の会社では、バックオフィスの効率化というとよく人員削減的な話になると思いますが、大体こういうケースは間違っています。かと言ってなんでもかんでもバックオフィスが手厚くやってしまえばコストが掛かりすぎてしまいます。人員はなるべく増やさずに効率化と業務の絞り込みを行いつつ、本当に足りないという風になるまえには適切に人員を追加しないといけません。バックオフィスのメンバでやるべき作業と外注先を使うべき業務との切り分けも大切です。


特に誰かが抜けてしまうともう回らない、ある程度はやむを得ませんが属人的な作業が多い、バックオフィスのメンバが残業続き、というような場合は注意が必要です。私の考えではその状況は現時点では業務は回っているかもしれませんが、本当に足りない状況だという認識です。


バックオフィスのメンバは会社を支えているフロントのメンバに感謝をして、フロントのメンバはバックオフィスのメンバのお陰で効率よく日々の業務が行えている事を感謝しないといけません。お互いの職務への敬意があれば改善の提案や改善への対応も上手く回っていきます。なんでもかんでも決めたことを杓子定規にやるバックオフィスであってはいけないし、無茶な対応を迫るフロントオフィスであってもいけません。状況に応じて臨機応変に相手の立場に立って自分たちの頭で考える姿勢が必要です。


aegifはこれから人員の拡大も踏まえてさらに難しい状況になっていく予定ですので、現状に満足せずにバックオフィスのレベルを下げずに拡大していきたいと思います。



2014年7月17日木曜日

個人的全日本うどんランキングベスト5

前回の記事がaegif過去最高のPVを記録したイージフのフジイです。ランチの記事どころかマカロンの記事のPVをも超えたというのは人生ではじめてで、今でも信じられない気持ちです。勢いのあるバズっている記事に乗っかると楽な事を覚えてしまいました。こうやってドンドン堕落していきそうな自分が怖いです。 

うどん好き!

というわけで今日は個人的全日本うどんランキングを発表したいと思います。というのも、先週末1泊2日でうどんを食べるためだけに香川に行っていたからです。運転とうどん食べるのと寝ることだけしかやってません。ここだけの話、私は食べログ全日本うどんランキングトップ20のうち18店舗は既に訪問済みなくらいうどんが大好きです。食べログのランキング()とか言うとなんだかそれを盲信しているみたいで恥ずかしいのですが(笑)

うどんの種類も問いません。コシのある讃岐うどんも、細麺の稲庭うどんも、コシがなくモチモチしている博多のうどんも、全部大好きです。日本っていうのはうどんにもこんなにバリエーションがあって本当に良い国ですね。日本人に産まれて本当に良かったとうどんを食べるたびに思います。

第5位 一福(香川)
こちらはさぬきうどんの硬くてコシがある麺なのですが、なんと細麺です。さぬきっていう太麺という印象だったので、一福を食べた時は衝撃的でした。細麺なのにコシがある、っていうか硬い、でも全然食べづらくない、というか細い麺とのバランスが最高!っていう感じでした。かけ汁も麺を邪魔する事なく出汁がしっかり聞いて美味しかったです。いわゆるさぬきうどんではありませんが、そのバランスは絶妙です。ちょっと違うさぬきうどんを食べたいと思ったときには立ち寄ってみてください。

第4位 おにやんま(東京)
おにやんまは五反田駅前の高架下にある立ち食いうどんのお店です。最近では東品川と新橋にも支店ができたみたいですが私がいつも行っているのは五反田です。このお店はいわゆるさぬきうどんで東京の便利な場所にあるにも関わらず卒なくおいしいです。私はわざわざおにやんまに行くためだけにランチで五反田と六本木を往復することもあるくらいです。

オススメのトッピングはとりてんなのですが、たまには大海老天(海老天ではないので要注意)もいいかもしれません。つけ汁とぷりぷりした大海老天という組み合わせで食べると幸せな気持ちにさせてくれます。ちなみに、ガナッシュが退職するときに最後のランチは何がいいか聞いたところ、おにやんまの大海老天うどんと答えていたのを昨日の様に思い出します。

このお店が素晴らしいのは味だけではありません。まず営業時間。平日は7:00~翌4:00まで、土日祝日は7:00~24:00までという年中無休&深夜までやっています。飲んだあとの締めにラーメンとかやっちゃってる人はラーメンをうどんに変えるだけでダイエットになりそうです。

それからなによりオペレーション。店外の券売機で食券を購入すると自動的に店内に通知されるようでとにかく効率がいいんです。普段余り出ないトッピング(大海老など)は食券が出てきてから揚げますのでいつでも揚げたてが食べられます。また、立ち食いということもありとにかく回転が早いので多少人が並んでいても待ち時間はほとんどありません。

立ち食いなんて「えー」と思っている方も、騙されたと思って行ってみてください。美味しいうどんを物凄い効率的なオペレーションで、しかも深夜まで食べられるなんて世界でも東京だけじゃないでしょうか。

第3位 恵味うどん(福岡)
福岡のうどんってのはなんであんなにゴボ天が美味しいんですかね。東京ではゴボ天なんてあってもなくても良いレベルの物しか出て来ない気がしますが、福岡で食べるゴボ天はどこでも美味しいです。友人曰く、福岡は水が超軟水だからと言っていました。真偽の程は確認していませんが、ともかくゴボ天の味が違いすぎるのは事実です。

というわけで、恵味うどんのゴボ天も絶品です。ゴボ天を頼むと別皿でしかも筏の様な形に揚げてあるゴボ天が出てきます。とにかくこのゴボ天は程良く牛蒡の土臭い香りが残っていてバランスが素晴らしいです。最初はサクサクで食べつつ、途中でかけ汁の中に入れてふやけたところを食べてと色んな楽しみ方をして下さい。私はゴボ天なんて世の中には必要ないとずーっと思っていたのですが、こちらのお店でゴボ天を食べてからなんて自分はバカだったんだと反省し、今では最も重要なうどんのトッピングの一つであると考え方を改めました。

麺はいわゆる博多スタイルのもちもちしてコシがないタイプです。とにかく繊細で美味しい。柚子が風味づけで入っていたり、麺もモチモチした歯ごたえが心地良くて本当にたまらない感覚です。ゴボ天がなかったとしてもこちらのうどんは食べる価値があります。特に女性は好きなタイプのうどんなんじゃないかと思います。

第2位 岡北(京都)
京都の平安神宮の先にあるうどん屋さんです。岡北の隣には山元麺蔵という京都でも超有名なうどん屋さんがあっていつも物凄い行列を作っていますが、山元麺蔵は味的には普通なので間違えないようにして下さい。

岡北の名物は天とじうどんです。天ぷら2本上に玉子とじがかかったうどんで、とにかく出汁がしっかり利いていて、上品なお味。思わず汁も全部飲んでしまいました。関東者の勝手な思い込みですが、本当に京都な味。お店の雰囲気も京都っぽく、落ち着いた雰囲気です。

ここのお店はうどんだけじゃありません。とにかく冷緑茶が美味しい。お茶の専門店ならまだしも、普通の飲食店でこんな美味しい冷緑茶が無料で出てくるお店ははじめてです。美味しいお茶が飲めて、うどんも絶品、そこまで並んでいないのでオススメです。

第1位 谷川米穀店(香川)
香川の山奥にある米屋さん。米穀取扱事業者の許可証がお店に掲示されてました。なんで米屋がうどんをやっていて、しかもこんなに美味しいのか全く分かりませんが、香川県ですからきっとうどんに関してはなんでもありなんでしょう。

お店に入ると150円でうどん小1玉を購入し、あとは汁とかそういうものはなく醤油をかけてうどんだけを食べるだけ。とてつもなくシンプルですが、シンプルだからこそ一番おいしいうどんに相応しいでしょう。

うどんも美味しいのですが、このお店が素晴らしいのは置いてある青唐辛子です。うどんに青唐が合うって誰が発見したんでしょうか。青唐とうどんと生卵の組み合わせが神がかり的すぎる。お店滞在時間3分のために30分以上並んだ甲斐がありました。香川に住んでたらうどん屋さん巡りとかする必要がないので、このお店で何杯も食べられるのに・・・と思ってお店を出ました。5玉はいけそう。

いつか谷川米穀店でお腹いっぱい食べるのが私の夢です。

<テンションが上がり過ぎて髪型が!>
DSC_0013

いかがでしょうか。うどんって地味な食べ物と思われがちですが奥が深いです。
皆さんのMy Best Udon Restaurantを教えてください。

2014年7月10日木曜日

だれだって自分のやるべき事はきちんとできる

体重がヤバい事になっててダイエットしようとしてるにランチに行くとついつい美味しそうな(デブ好みの)メニューを頼んでしまい自己嫌悪に陥ることが多いイージフのフジイです。今日もサラダランチを頼むつもりが、何をどう間違ったのかステーキ丼を頼んでしまい呆然としているところです。ダイエットが成功しないとそれこそ本当に成人病で来世にいってしまうかもしれませんから、来世に回すわけにもいきません。もうこうなったらピザですら野菜というアメリカに現実逃避したいです。でも、今日はABMで特別な日だから仕方ない!!

・・・。

さて、気をとりなおして本題に入りたいと思います。最近気になった記事があり、私も思うところがあってコメントをつけてFacebookでシェアした所、なんと過去最高のいいね!をもらいましたのでそれについて書いてみたいと思います。それにしても、自分の誕生日や懇親のネタよりもただのシェアの方がたくさんいいね!が付くというのは一抹の虚しさが残りました。とは言え、ブログのネタが一つ見つかったからよしとしますか。

いつの時代もやるヤツはやるし、やらないヤツはやらない。

このブログを書いている方の他の記事もいくつか拝見しましたが、若くて言うことも厳しいけれども決して嫌味ではなく真っ直ぐでとても好感の持てる人だなと思いました。さすがはサイバーエージェント、良い人材がたくさんいるんですね。 

周りの人がやろうがやらなかろうが自分は関係ない

「何かをやりたいと思った人の98%は実行しないんです。」
これは私の体感としてとてもしっくりきます。いや、もしかしたら実行する人はもっと少ないかもしれません。一方で、1〜2%というのは割合だけ見たら少ないのですがその中では強い人がいっぱいいるので結局その中での勝負は凄い大変なんですよね。

どうせ自分がやる人だったら自然とやる人が周りに集まってきて競争になるので、そこで一生懸命切磋琢磨しながら頑張り続けるしかないわけです。他の98%の事なんて考える暇もなく、ひたすらその時自分が出来る最良の事をやるだけです。その中でいかに戦っていくかだけを考えて、その結果勝ったり負けたりしたことを糧にまた次も同じように淡々と戦い続けるだけです。

私も昔は「やるやる!」っていっているけど結局やらない人の言葉を信じて期待を裏切られたり、話が違うと思ってイライラしたことが多かったです。今となっては懐かしい話ですが。その後社会勉強を重ね、周りは関係ない自分がやるべき事をやるだけという事が分かってから周りの言葉に振り回されずに楽になりました。周りの人も別に悪意があるわけではなく、簡単に出来るならやりたいなぁぐらいの感覚だと思いますので、それを間に受けてしまった私も悪いでしょう。 

みんな自分のやるべき事はしっかりやる

だれだって何もやらないわけではなくて、必ずみんな自分がやるべき何かはやっています。例えば若い頃から起業したいと言い続けていたが、結局家庭ができて家庭のために定年まで勤め上げたという人がいたとします。この人は起業という意味では口だけでやらない人だったかもしれませんが、その反面定年まで40年も働き続けて自分の家族を守って養うという自分しかできない事をやり通して結果を出したわけです。

これってとても立派な事じゃないでしょうか?

人間は欲深い生き物ですから、やりたい事、実現したい事が際限なく出てきます。欲望に限界はないので、できたらいいなという事はほぼ無限にあるのに対して、欲望を実現するためのリソースである時間、お金、気力は残念ながら有限です。ですので、みんな自分が本当にやりたい事、やって成果が出れば心から満足出来ることを見つけるまでは、自分のリソースを全部出さないのだと思います。

そして、私はそれでいいと思います。
いつも色んなことにやりたい!と言っていたとしても、それをそのままやらなくてもいいんです。間違ったバスに乗って間違った場所に行って最初にいる地点に戻ってくる事すら大変な状況に陥るぐらいだったらしっかりバス停で一本待つという決断をした方が良い時もあります。それであとであのバスに乗ればよかったー、あのバスに乗る気だったんだけどなー、ってちょっと愚痴って我慢してればいいわけです。

人によってリソースの量が違うので、他の人がアレもコレもといっぱい出来たって気にする必要はありません。自分のリソースの範囲内で目一杯やれれば人の幸福なんてそうかわるわけではありませんから。

というわけで、私もダイエットはうまくやれていませんが、イージフのフジイとして自分のやるべき事、できる事を今まで通り淡々とやり続けていきたいと思います。今まで9年もやり続ける事ができましたので、これから先もやり続ける事ができるでしょう。